電話をかける

045-392-5263

東戸塚 眼科 片桐眼科クリニック|東戸塚駅 西口より徒歩1分 モレラ東戸塚3階

TEL.045-392-5263

院長ブログ

見えなくても、映画を楽しむ方法

東京の北区田端に、「シネマ・チュプキ・タバタ」という、小さな映画館があります。

ここは、日本で唯一の「ユニバーサルシアター」で、視覚障害や聴覚障害がある人でも映画の醍醐味を満喫できる映画館になっています。

眼科医である私は、必然的に視覚障害をお持ちの方を何人も診察しています。またクリニックには聴覚障害のある方のご受診も意外と多いのです。「映画好き」な私は、「チュプキ・タバタ」さんの存在を知り、大変興味を持ちまして、障害のない人でも普通に映画鑑賞ができるので、2019年の夏にシアターを訪れてみました。

座席は20席ほどで、ひじ掛けにボリューム調整可能なイヤホンジャックがついていて、イヤホンをつなげば、映画の進行に合わせて、視覚障害者向けの音声ガイドが流れてきて、セリフや効果音以外で必要な、場面の状況や登場人物の表情などを教えてくれます。

例えばこんな感じです。「いや、あなたやってみて(セリフ)」「いいよ(セリフ)」「ジョーが真実の口にゆっくりと手を伸ばす…(音声ガイド)」「固唾をのんで見ているアン…(音声ガイド)」。(古くからの映画ファンの方なら、これだけで何の映画のどのシーンかすぐお分かりでしょう!?)

また、聴覚障害者向けには全ての映画にセリフはもちろんのこと、効果音や風景の音などまでわかる字幕がついていて、より情景がわかる仕組みになっています。

実際に私もイヤホンを使って時々目をつぶりながら映画を鑑賞してみましたが、音声ガイドや字幕が大変よくできていることに感動しました。映画の音声の邪魔にならないように、簡潔に分かりやすく説明してくれるのです。

シアターの支配人である平塚千穂子さんのご著書「夢のユニバーサルシアター」には、この映画館ができるまでの経緯や、どのように字幕や音声ガイドをつけているのかを具体的な映画のシーンを例に挙げての詳細が載っていて、大変面白く拝読いたしました。例えば音声ガイドをつけるポイントとして「前後のセリフや音で分かる情報は、説明しない」「音声ガイドは、目で見て初めてわかったことを説明する」「場面転換は最もわかりにくいので、いつ、どこに移ったのかはガイドする意識を高めに」など多くのポイントが挙げられています(興味のある方にはぜひ実際にお読みいただきたいです⇒購入はこちらから)。

そして私が訪れた当日、何と平塚さんご本人にもお会いすることができたのです。そこで、私が眼科医であること、視覚障害のある患者様にも映画の楽しみを知って欲しいこと、横浜市にはチュプキ・タバタのような映画館がないこと、ぜひ自分のクリニックで、音声ガイドや字幕付きの無料の映画上映会をしたいことなどをお話ししました。

実は私は以前からスタッフや事務長には内緒で、密かにこの企画を温めていて、クリニックの検査室が比較的広く、検査機器を移動させて壁を上手に利用すれば200インチの大画面が確保できるので、ホームシアターの施工業者さんにも相談し、「クリニックシアター」ができないか試行錯誤していたところだったのです。そしてどうせシアターにするのなら、映画を患者様にも楽しんでもらいたい、特に視覚障害のある方に楽しんでもらえる方法はないものかと、方法や実際に上映できそうな映画のソフトのことを色々調べていたら「チュプキ・タバタ」さんに行き当たったのでした。

平塚さんからは、ご自身の活動が多くの映画人や一般の方には賛同、協力してもらえているものの、視覚障害と強く関わる眼科医からのアプローチはほんの数人であることを伺いました。そこで私ができることがあれば協力させていただくことをお約束し、逆に私がクリニックで上映会を企画する際には、ご協力してくださることをご快諾いただいたのでした。

ところが、その後日々の診療に追われ、予算も時間も余裕がなくなかなか具体的なプロジェクトを進められないままでいるうちに、コロナ禍が始まってしまったのです。

クリニックではコロナ対策に忙殺される中で、私の独断でほぼ道楽のようなこのプロジェクトを進められるはずもなく、いつの間にか私の心の片隅にしまわれてしまっていたのでした…。

====================

それから1年が経ちました。

ある日、通勤途中のカーラジオから、パーソナリティのこんなアナウンスが流れてきました。「今日のゲストは、映画の音声ガイドや字幕ガイドアプリを作られている会社、パラブラの代表、山上庄子さんです」

「UDキャスト」というスマホアプリ(クリックでリンク)、一般の方はあまり使う機会がありませんので、ご存知の方は少ないと思います。実は、視覚障害、聴覚障害をお持ちの方向けのアプリで、実際に映画館やご自宅で、音声ガイドをスマホからイヤホンで聞いたり、メガネ型端末に字幕ガイドを移すことができるという優れモノなのです。

私は以前からその存在を知っていたのですが、「クリニックシアター・プロジェクト」を心の片隅にしまってから、すっかり忘れておりました。

「あ、これ使えるかも…」と思い立ったら矢も楯もたまらず、早速パラブラさんのホームページからお問い合わせフォームを見つけ、私の「クリニックシアター・プロジェクト」についての思いをメールで伝えました。

ほどなく担当の松田高加子さんという方から返信があり、まずはオンラインミーティングでお話しし、上映会をするなら実際に何が必要か、費用はどの程度かかるか、どのような形で開催できるのかを相談しました。

その際に、「今度、音声ガイド作成のモニター会があるから、参加しませんか?」とのお誘いを受けました。そしてたまたま幸いにも土曜の午後で、診療が終わった後に参加できる日時だったので、診療終了と同時に電車に飛び乗り、会社のある新宿に馳せ参じました。

「モニター会」とは、音声ガイドを作るときに、健常者だけでは気づかないこともあるため、実際に視覚障害のある方にモニターになっていただき、映画を上映しながら音声ガイドを生声で挿入し、説明が適切か、画が思い浮かぶかなどの意見を伺い、ガイドが視覚障害のある方にとってよりわかりやすく修正していくための会議です。

当日はこれから公開予定のドキュメンタリー映画が題材でした。参加していたのは、この映画の映画監督、プロデューサー、音声ガイドの原案を作った方、私に連絡をくださった松田さん、そしてモニターとしてお2人の視覚障害者の方がいらっしゃいました。

仕事の関係で途中から私も参加させていただきましたが、映画の作り手の熱い思いと、より分かりやすく伝えたいというガイド作成者のこだわり、そしてモニターお2人の冷静なご意見が三つ巴となって進行しており、初めて参加した私は圧倒されて意見を差しはさむ余地がありませんでした。

例えば、まるまった木の葉に包まれている生き物が出てくる場面。ガイド作成者の方は「1cmほどの虫」としましたが、プロデューサーさんは「いや、あれは2cmくらいあるね。親指の爪と比べて」と意見すると、モニターの方は「虫って昆虫ですか?どんな虫か想像できるといいのですが」すると監督さんからは「いや、昆虫じゃなくて、イモムシに近いかな」という具合。また、視覚障害者のお2人の間でも、先天的に失明されている方と中途失明の方とでは、受け止め方が違うのも興味深かったです。「バレン(版画の際に版木の上に乗せた紙を押し付ける道具」と言われて、中途失明の方は「小学校の時使ったことがあるからわかる」先天的に失明されている方は「何かおさえる道具ですか?」監督が「コースターみたいなものに持ち手がついていて…」と説明していました。

このような緻密な作業により、シンプルかつ分かりやすい音声ガイドができていく工程をつぶさに目の当たりにでき、大変勉強になるとともに、これをぜひ活用して「クリニックシアター」を実現したいと、強く思いました。

今回のモニター会では、一つ驚きの事実がありました。モニターとして参加していた中途失明の女性が、実は私が大学病院に勤務していた20年以上前、角膜の難病により入退院を繰り返していた小学生の女の子だった、ということが分かったのです。今では立派な成人になられていて、私も最初は全く分からなかったのですが、紹介されたお名前と話し方から、かすかな記憶を辿り、ご本人に当時の入院先と主治医の先生のお名前を思い切って伺ったところ、私の勤務先の大学病院であり主治医は私の先輩で、私の記憶と一致したのでした。当時はまだ失明にまでは至っていなかったように記憶していますが、私たちの治療が力及ばずで本当に心苦しい限りでしたが、今でも主治医だった先生には時々会いに行かれると伺い、少し救われる思いでした。

また、今回のモニター会にお誘いくださいましたパラブラの担当者、松田高加子さんは、実はすごい方なのだと、平塚さんのご著書「夢のユニバーサルシアター」で紹介されていたのを後で読み直して知りました。「音声ガイド制作が、いつまでもボランティア活動ではいけない。映像翻訳者のように、プロの仕事として認められるようにと、その道を切り開いていった先駆者」で「彼女の願いは、UDキャストの導入、普及で実現」し「現在は新人の育成にも力を入れて」いる、つまり今回は若い音声ガイド制作担当の方の指導者としていらした訳で、私ごときにそのような方がファースト・コンタクトを取ってくださったのは、本当にありがたく幸運でした。これから準備を進めていくうえで、平塚さんにも再度アプローチをさせていただいて、日本のユニバーサルシアター第一人者のお2人のお力をお借りできればと思っています。

今はまだコロナ禍が続いており、クリニックに人を集めることはできませんが、ワクチン接種の普及が功を奏し、いずれ収束して誰もが安心して集まれるようになった暁には、すぐにでも始められるように準備だけは万端にしておこうと思います。

私にとっても夢の「クリニック・ユニバーサル・シアター」。今年中には実現したいものです。