6月のブログ「見えなくても、映画を楽しむ方法」で、田端にあるユニバーサルシアター「シネマ・チュプキ・タバタ」さんと、視覚や聴覚に障害のある方が映画を鑑賞する際に使われる無料アプリ「UDキャスト」のモニター会に参加したことを報告しました。(→それぞれの青字をクリックするとリンクします)
先日、私がモニター会に参加したときに扱われていた映画が、ここ横浜でも上映されたので、劇場に観に行ってまいりました。
映画館は、黄金町にあるミニシアター「シネマ・ジャック&ベティ」。館内には映画館が2つ(ジャックとベティ)あり、普通のシネマ・コンプレックスで上映されるような、いわゆる大規模な興行目的のロードショー映画ではなく、ドキュメンタリー映画や、通好みのちょっと「渋い」映画を中心に上映している映画館です。入り口から2階に上るエスカレーター、チケット売り場や売店などの雰囲気は、昔の「名画座」を彷彿とさせますが、シアター内はとても綺麗で、「名画座」で当たり前だった「古い、汚い、椅子ギシギシ」は微塵もありません。
上映された映画は「明日をへぐる」。高知土佐の伝統「土佐和紙」を作る原料になる「楮(こうぞ)」を栽培している山里の人々と、それを和紙にするまでの工程を丁寧に追っているドキュメンタリー。「へぐる」とは土佐の言葉で楮の皮を特殊な包丁を使って手作業で剥ぎ取ることをいい、非常に地味で根気のいる作業ですが、その地域に暮らしている方々が集まって、皆さん談笑しながら、の場面が印象的でした。
上映後には監督の今井友樹さんの舞台挨拶もあり、私はすでにモニター会でお会いしていたので改めて名乗ってご挨拶したところ、監督も覚えてくださっていました。
さて、今回の上映中、実際にスマホとイヤホンを持ち込み、視覚障害者用音声ガイドを「UDキャスト」で聴きながら映画鑑賞してみました。
まず事前の準備として、「UDキャスト」の無料アプリをスマホにインストールしておき、さらに自分の見たい映画(今回なら「明日をへぐる」)の音声ガイドをダウンロードしておく必要がありますので、それは出かける前に自宅で済ませておきました。
当日は客席が明るいうちにスマホを操作し、まず機内モードに設定してから「UDキャスト」を立ち上げます。イヤホンを装着し「明日をへぐる」の「音声ガイドを聴く」をタッチするとガイダンスが流れ、自動的にスマホの画面が暗くなりますので、周りに配慮してカバンにしまう必要はありません。また、イヤホンが入っていないと起動しない仕組みなっていますので、急に音が出て周囲の人がビックリ!ということもありません。
映画が始まると、その音声をスマホのマイクが拾って、映画に同期して視覚障害者用の音声ガイドがイヤホンから流れ始めます。
映画のナレーションや登場人物のセリフを避けて、音声ガイドが流れます。こんな感じです。
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「○○地区の山の上にある、楮(こうぞ)の栽培農家を訪ねました」(ナレーション)
「急斜面で作業するおじいさん。苔むした楮の株に触れる」(音声ガイド)
「こんなにほら、枯れて弱って、もうほんで枯れるろう。もう枯れ木にならあね」(登場人物Aさんのセリフ)
「92歳のAさんは、親の代から育ててきた楮とともに暮らしてきました」(ナレーション)
「右手にカマを持ったAさん。斜面を登って別の株のもとへ行く」(音声ガイド)
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つまり、元々の音声だけでは想像ができない映像の内容や場面の移り変わりなどを合間に説明してくれ、実際の映像を見なくても場面を想像できるようになっているのです。それが本当に良く出来ていて、たった数秒の間にもちょうど入るように時に簡潔に、あるいは画面をボーっと見ていただけでは気づかないような詳細な描写には時に時間をかけて、セリフやナレーションの隙間を縫って説明してくれるわけです。私はモニター会で、原稿をもとに綿密な打ち合わせをしているのを見せていただいていましたが、出来上がるとこんなに完成度が高いのかと、心から感心しました。
映画のナレーションは女優の原田美枝子さんで、これは後で知ったのですが、音声ガイドを担当されていたのが元フジテレビアナウンサーで、悪性リンパ腫で闘病されていた(今は完全寛解されてお元気のご様子です)笠井信輔さんでした。どちらもナレーションのプロですからとても聞き取りやすく、何のストレスもありません。
音声ガイドを聴きながら実際の映像を見たり、時には目をつぶって音声ガイドだけを頼りに映像に思いを巡らせてみたりして、上映時間の70分余りはあっという間でした。地元のスチールドラムのサークルの方の演奏がBGMで流れるエンドロールは、映画館独特の音楽の響きに包まれ、テレビとは違い「映画を堪能した」という気分になります。
劇場ではイヤホンをしている方は見かけませんでしたので、他にUDキャストを活用している方はいなかったのかもしれません(あるいはワイヤレスのイヤホンを使っていたかも?)。実際視覚障害のない私が使って見た感想は、映画の理解がより深まる、という印象でした、時間さえ許せば、同じ映画を2回観て、1回目はガイドなしで、2回目はガイド付きで観てみたいな、と思いました。UDキャストは、対応している映画であれば自宅でDVDを観る際も起動させることができるので、今度は自宅でも試してみようと思います。
視覚障害者の方の気持ちになってみて…などというのはおこがましいですが、これは本当に簡単に、しかも無料で使える素晴らしいシステムですので、是非皆さんに体験して欲しいと思いました。
当院で現在準備を進めている「クリニック・ユニバーサル・シアター」鑑賞会では、UDキャストではなく「FMトランスミッター」と受信機を使って音声ガイドを使っていただく予定です。シネマ・チュプキ・タバタ代表の平塚千穂子さんは全面的にバックアップして下さっています。また、将来的にはUDキャストを活用させていただく可能性もありますので、制作会社パラブラの松田高加子さんにお話ししたところ、「いつでも無料で使ってください」とご快諾いただきました。
オミクロン株などという、また得体のしれない変異株の感染が広がらなければ、来年の2月~4月頃には当院での鑑賞会を企画します。上映する映画は、誰もが楽しんでいただけるような、素敵な作品を予定しております。乞うご期待!